ラジオ深夜便の反応から

先週はNHKラジオ深夜便(ハノイ発アジアリポート)を聴いていただいたみなさん、ありがとうございました。わのりさんからもコメントを頂いていますが、あいかわらずこちらからの返事が投稿できないのでここにまとめます。

メールやフェイスブックの方にコメントをお寄せいただきました。その中には30年以上前の沖電気関係者からのものもあり懐かしさがいっぱい。

NHKのほうにも「父は終戦時ビルマにいたのになぜかベトナムから帰ってきた」なぜ?という娘さんからの問い合わせなどもあり、対応しているところです。

今週はCTスキャン撮ったり、2日めはMRIやったり、最終的には大腸内視鏡もあったりで(これは全身麻酔)動きが鈍い日々でした。あ検査結果?その日のうちに出たのですが、たんなる憩室炎でした。(これは前の診断と同じ)というわけで、あっというまに多忙な一週間が終わりました。よい週末を!

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今晩ラジオ深夜便を聴いてください。

いろいろ多忙でお知らせが遅くなりましたが今晩のNHKラジオ深夜便はわたしがハノイからリポートします。テーマはやっぱりあれでしょう、あれ、

天皇、皇后両陛下と面会した残留日本兵の妻と家族のことえおお伝えします。急ですいませんが、ぜひ聴いてくださいね。

教え褪せがおくれてすみませんでした。

NHKラジオ深夜便414日(金)深夜午前0時台
(ハノイから私がリポートします)
http://www.nhk.or.jp/shinyabin/pro/b5.html
アジアリポート・リポーター紹介
http://www.nhk.or.jp/shinyabin/ajia.html

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やばいよ「ひよっこ」

今週から始まった「ひよっこ」、桑田のいい音楽で始まるのは嬉しいがなんかヤバイ気配を感じる。一気に半世紀以上前の自分に飛んでしまうのだ。ああ、あのとき、わたしもあそこにいた。奥茨城かもしれないけど、奥新潟に似ている(両方とも架空の地名)笑

初回はいきなり上野駅が出てきた。18番ホームが浮かんだりして感動した。

主人公たちは高校生だから3つ年上だけど私は中学生だった。主人公の父ちゃんのようにうちの村からも東京の工事現場に出稼ぎに行っていた。叔父さんも(母の弟)行っていた。東京からのみやげは髪につけるリボンのときもあったしドラマのなかのズックもあった。リボンは当時女子はみんなオカッパ(死語)頭なので、ピン止めでピッと指すだけのシンプルなものだったけど嬉しかったことを思い出した。

今思えば東京で働いていると云ったって出稼ぎ現場なんだけど村から大勢出稼ぎに行っていたような気がする。そうして迎えた東京オリンピックだったのか、と思い返す。今朝のシーンだった。奥茨城の実(主人公の父ちゃん)が稲刈りで帰郷する前に赤坂の洋食屋に入るかはいるまえか迷った挙句入ってからのこと、料理ができるまでの間、女あるじ鈴子(宮本信子)との会話がいい。

実が「自慢にはなんねえけど」と、オリンピックが開催される国立競技場の現場にも携わっていたことを話すと、鈴子は「自慢していいんですよ。自慢してください」と返答。そして、

「東京東京って東京だけがスゴいみたいに浮かれてるけどみんな、違うと思うねえ、私は」

「今ももう、ボコボコボコボコ色んなものが建ってるけど、それはお客さんたち、皆さんがつくってくれたものじゃないですか」

と、実ら地方出身者たちのおかげで東京は発展しており、東京オリンピックは東京人だけのものではないと伝えたのだ。

 わたしはこのくだりで涙ぽろぽろ。(ハノイじゃ朝6時過ぎなのに)なんだろ、宮本信子の声と女あるじの他人の気持ちのわかるココロ、、あの時代に生きていた人、すべてがたまらないのだ。まだ木曜なのにこんなんでいいのか、今週はまだ2回も観られる。視聴率がどうのこうのと言ってるけど、そんなの関係なく、私は期待したい。

茨城の土地を守っているじいちゃん役の古谷一行、カッコよすぎ。

メモ でも、いま建設現場守ってるのも茨城農業守ってるのも外国人労働者、それも震災までは中国人今はベトナム人?

これからもいろいろ考えながら見ると思うな「ひよっこ」

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まもなくDVD発売を記念してNSTで全編放映

ずうっと多忙な日々が続いているうちに4月になりました。

日本の桜の季節、ハノイで桜が見たいなあ~と思いながら、、思うだけの日々。あの映画撮影から2年が経ち、公開されてからの1年以上が経ちました。でこのたびDVDになるそうです。ベトナムに行きたいけど行けない方、ベトナム語を勉強される方、ベトナム文化に興味のある方、ぜひDVDを見て雰囲気を味わってください。

どうぞよろしくお願いいたします。

またこれを記念してNST新潟放送では映画「ベトナムの風に吹かれて」全編一挙上映されるそうです(新潟県内しか見られませんが)のであわせてヨロシクお願いいたします。

詳細は下記「新潟日報」をどうぞ

新潟日報(4月4日付)
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20170404316602.html

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63階でランチ

ハノイも変わりました。

高層ビルでランチ

いったいどこの街?という感じのハノイの変貌

私が来たころのハノイはエレベーターのあるビルがない?!ほどの時代だったのに、、

Photo
今やあっちも、こっちも、開発中(見下ろせば日本大使館側)↑

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   右手にみえるは西湖でございます。

ロッテホテル63階レストランにて、2017年3月21日

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かおりさんへ

かおりさん

ニュー八王子シネマが閉館するそうです。

ぜひ、これを機に観に行ってもらえませんか。

できればまりちゃんも誘って。八王子と言ったらあなた方しか浮かばないのでお知らせします。よろしく~♡

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https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1812083455784125&id=100009474635039&notif_t=feedback_reaction_generic&notif_id=1489754856113341

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両陛下の越訪問を録画ニュースで見る

ちょうど2週間たった。

3月2日木曜日、晴れた空の下をバイクで会場のシェラトンホテルに向かった。バーディン広場前を走りながら日本とベトナム国旗をみた。大統領府前にはたくさんの両国の国旗が並んでいた。この雰囲気を前に写真が欲しいなあ、、と思っていたら向かいに写真を撮っている男性がいたので思い切ってシャッターを押してもらえないかと声をかけた。

おぉ、K川さん。知り合いでヨカッタ。

そうして到着したシェラトンホテル。約束の1時間も前だけれども早く会場についていたかった。そうしてみんながちゃんと集まって来るかどうか、、心配しながら待ったあの日のニュース録画がきのう届いたのだ。

その録画を昨夜、一挙にみた。

天皇皇后両陛下ベトナム・タイ訪問報道

2月27日 テレビ朝日(皇太子ご夫妻時代に東南ア訪問した時に撮った沢田教一とベトナムを絡めた紹介)

3月1日  テレビ朝日 NHK 3月1日(2月28日の日本出発からベトナム到着風景)

3月2日 (日本兵家族との面会の日)VTV NHKBS1 レテビ朝日 日テレ NHK フジTV 

3月3日 テレビ朝日 TBS

3月4-5 TBS

3月6-7 テレビ朝日

皇室日記 (日テレ3月5日)

国際報道 NHKBS1:3月6日

これだけの記録を録画して送っていただいた日本国関東地方在住のT氏に感謝。新年あけてから2か月間ずうっと多忙であり、いつも次、それからまた次、と追いかけられていたのから今やっと解放されて普通の生活が戻りつつある。

ふと窓の外に目をやればもう木々から新緑の芽が出ているではないか、、気づかなかった。

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JBAH現代史を知る講演 3

ここで改めて講演内容を語るほどのことはないのですが、1992年、40代半ばでベトナムにやってきて「父が日本人だから」という人たちに出会えたことは運命的だったといえます。それを追跡することは結果的にライフワークにつながっていくわけです。

残留した日本兵も「ベトナムの土になろう」と覚悟したのに1954年のベトナムの勝利の後、突如帰国の道が用意されてしまった。大きな歴史の渦の中で個人が犠牲になってゆく。日本に帰国した父たちも、残された家族の運命も色々なことがありました。

でもこのままなら誰にも知られず、ごく一部の関係者しかわからないまま終わるはずだった歴史の秘話がこのたびの両陛下のベトナム訪問のおかげでスポットが当たりました。一過性のお話で終わらせるのでなく、何か記しておかなければならない。。ということを強く感じた講演会でした。

このテーマは今後もことあるごとに取り上げてゆくつもりですが当面は以下が予定されていますのでどうぞよろしくお願いいたします。

●4月14日(金)深夜のNHKラジオ深夜便、ハノイリポート

●5月11日(木)ハノイ歴史研究会での講演

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JBAH現代史を知る講演 2

まあ、いろいろあったのですが2時間過ぎれば常夏のホーチミン市(旧サイゴン市)です。霧深いハノイからこの季節に南に行くとちょっとテンションが上がります。荷物は機内預けをしないのですいすいと出られる。携帯にはM子さんが「水色のブラウスを着ています」と書いてあったので水色水色。。と探したけどいない。そこへ

「こまつ、さあ~~ん」

と呼ぶ声が。。M子さんだ。ほぼ白と言ってもいいくらいの水色、、レジェンドホテルに行き、チェックインをしてホテル内の「吉野」でランチ。ゆっくり休む間もなく講演会場のロイヤルホテルに移動した。

講演が始まる前に今日の講師です、と案内されたのがA井さんとS上さん。なんとみんな90年代にハノイで学んでいた人たちでびっくり。方や商社の所長で昨年は商工会の会長。もう1人は大学卒上してすぐやってきて今やIT企業の社長。みなベトナムに根を下ろして(つながっている)ベテランたちだった。こうしたメンバーが、せっかくベトナムで働いているんだから「もっと歴史を知ると楽しいですよ」ということでJBAH(ホーチミン日本商工会のこと)の役員が勉強会をしているというのだからすごい。

2年前にわたしが呼ばれたときは「初心者のベトナム入門」的なものだったけれど、そこで私のライフワークである残留日本兵の妻や子らの話をしたが、なんといっても時間不足。そこでもう一度チャンスが巡ってきたというわけです。

会場の9階には大きくこんな文字がみえた。 

中小企業・裾野産業支援委員会 第7回学習会「駐在員が知っておくべきベトナムの現在史パートⅡ」及び特別講演会「残留日本兵と残されたベトナム人家族」

現在のJBAH会員は861社、参加申し込み者は120名以上だという。名簿の肩書を見ると社長、副社長、代表、所長、工場長、事務担当、営業部長、、平日の午後なのでやはり上の人でないと現場を抜けられないのか、、とにかく有難い時間でした。

「ベトナムの風に吹かれて」も持参した分20冊完売!

ハノイでもこういう機会があるといいなあ、、と感じたしだい。

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JBAH現代史を知る講演 1

旅に出る朝は緊張する。寝坊してはいけないし忘れ物があってはならないし、なんといっても準備はどうなんだ?というところが一番問題である。 この間ずうっと忙しくて(そのわりには3日くらいぼおっとしてしまい)朝は8時にタクシーがくるというのに3時までシナリオつくりをやっていた。

そうして出かけたハノイ市内のラッシュアワーをのろのろ進み空港に着いた。

VN227は10時発のせいかやたら混み合っている。チェックインカウンターは、後ろから押してくる人が多いので肩の体操(さわらないで、という意味で肩を回す)をしながら前進(笑)

荷物は到着時にすぐ出たいので預けない。

X線チェックぶじ通過。 でもぶじでない人がいかに多いことか(笑)ボトルの水、シャンプ、ハサミ、ナイフ、、なぜ手荷物に入れるかなあ、、靴を脱いでトレーに入れる。ここまではいいけど男性はベルトまで外さなければならない。当然ながらこれだけは国際線も国内線も同じである。

カフェコーナーでちょっと一息。やれやれの感。。

搭乗時間、いざフライト。

曇天のハノイ、斜めに飛び立ち雲を抜ければそこはスカイブルー。 

2時間もすれば南国ホーチミンシテーである。

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