ポインセチアとひまわり

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まったく違う季節の植物が同時期に売られていた。

ベトナム生活は日本人の感覚からすると意外なことばかりで「ポインセチアの季節になんでひまわりが?」と思うのは初級生活者。「なんでもあり順番順序なし」の世界だと思うと納得する。

年末が近づき帰国する人が多い。Kさんも、Mさんも、昨夜の便で日本へ。Sさん、Iさん、Oさんは正月は暖かいバンコクで過ごすそうだ。私は30日まで出て31-1-2-3と休みだがどこにもゆかない。

★机上に積んである新刊本(到着順) 古田元夫『ドイモイの誕生』(青木書店)、ベネディクトアンダーソン著 加藤剛訳『ヤシガラ椀の外へ』(NTT出版)、キムヒョナ著 安田敏朗訳『戦争の記憶 記憶の戦争~韓国人のベトナム戦争』(三元社)

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好きだから許せる

Cimg0282 朝、駐輪場にゆくと誰かの足跡が・・それが決まって毎日

晴れていてもナゼ足跡が残るのかが不思議

きっと水撒きの水を飲んだあとかも?でも好きだから許せる

Cimg0365 久しぶりの晴れ間 さっそく散歩へ

いや、散歩というより何か拾い物にゆくらしい

今日もゴミを拾ってきた(左手)。でも認知症だから許せる

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ドンホー版画村へ

12月20日、久々に行ったドンホー村。(多分10年ぶり)

Cimg0363 ベトナムの民画のなかで最も有名なのがドンホー版画で1400年の歴史があるとか。(他にハンチョン版画あり)【写真は「ネズミの嫁入り」~今日は婚礼の日なので猫ドンに静かにしていて欲しいと猫の好物を献上する様子】

昔の人は「テトの絵」ともいうくらい正月を前に新しい「絵」に張替えていたとか。でも最近は観光グッズとして売られていても訪問した家で見たことはない。Cimg0350

場所はハノイの東、バクニン省トゥアンタイン県ドンホー村。途中で出合った一面の菜の花でなく一面の新菊畑?どんよりとした冬の日本海を思い出すような空の下で咲く「黄色い」花・・

Cimg0359 村に入るとどの家でも冥具(めいぐ)造りに励んでいた。あっちは紫、こっちは黒や青や赤、、いまはカマドの神様(旧暦12月23日)を前にしてソレ関係のグッズが集中的につくられていた。ベトナムはこうした民間信仰が多いせいかこの村の豊かさは、他のどの村よりも潤っていたように感じた。

Cimg0361 冥具は祭壇にそなえたあと燃やされる運命にあるが、それでもどの家庭もそれを買う。村は潤うわけだ。最近は伝統的なグッズだけでなくHONDAとかYAMAHAといった種類まで【左】紙で製造されていた。元手は紙とバイト代だけ。みんな螺旋階段付の中庭のあるリッパな家に住んでいる。

10年前は1F建ての粗末な家ばかりの村だったことを思い出すとこのスピードの速いこと。そうそう肝心のドンホー版画。いまや版画を扱う家は2軒しかないが(10年前も2家族)版画センターができ観光客用に販売していた。村の名前は「ドンホー版画村」しかし実態は「ドンホー冥具村」のような・・

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桜井教授inハノイ2009

Cimg0342 12月18日(8時半~10時)ハノイのフレンチ・ホスピタルで桜井由躬雄教授(東南アジア歴史地域学)の授業に参加しました。【写真】

毎年12月にはハノイ国家大学で授業をしているはずの桜井教授が「なぜ病院で授業?」桜井ゼミ&関係者からのお問い合わせに代えて以下かんたんにまとめてみますと、

12日(土)夜、旧市街を散策中(ハンダオとハンバック交差道近く)勢い余ったバイクが転倒しクルマが先生の足に体当たり・・「後は気を失った」。

13(日)-14(月)2日間「脳震盪にいたる激痛で生まれて(1945生)始めての激痛だった」。骨折ではなく広い範囲の「うっ血」処置のため15日(火)手術。私が見舞いに行けたのは17日の木曜日、そう、あの朝から街中サッカーモードの日でした。

「学生に迷惑かけたので明日から授業再開、ただし教室はここ」。それはフレントホスピタルの医師団の研修室のようなところですが設備は整っていて快適な教室でした。授業はベトナム語で、旧市街でおこなった調査のレポート。87-88年生まれの学生を相手にCimg0339 松葉杖を横においての授業はチョット感動的でさえあり。【18-19日は病院授業】

今日19日退院日です。南国ハノイもシベリア寒気団の影響で寒く、傷の回復にはよくない条件ですが元気そうな笑顔をみて安心しました。事故に遭った人にこういう言い方はなんですが週刊誌的見出にするなら「桜井由躬雄教授ベトナムで災難 キズ付ながらも毒舌健全」とでもいいましょうか。(毒舌部分省略)

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師走の熱い一日 赤と黄

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街が赤と黄色になった!

というのはオーバーだとしても黄色が目立ったことは確か【左 統一公園前 中 グエンズー小学校前 右 「花」でなく「旗を買うおじさん」クァンチュン通り】

シベリアからの寒気団もなんのその。SEAゲーム:東南アジアスポーツ大会決勝戦に進出したベトナムの対戦相手はマレーシア。祭りが始まるかと思うほど街中わくわくし、臨時の「国旗売り」Cimg0318 があちこちに現れた。

Cimg0322 【左 洋服屋の前】

【右 開始前になると背中に風船、手に国旗を持ったバイトらしき学生に大通りで出会った】

Cimg0327 帰り道、国旗を巻いたりかつぐ若者が「そんなに急いでどこに行く」と聞きたくなるほど足早に去った

ふだんはてんでんバラバラの人たちがみんな結束している風に見えるサッカーの夜Cimg0321、 「家にテレビがないわけじゃないけれど」「みんなで一緒に見たいのさ」。いいなあ~この雰囲気

バイクの上に立って見るお兄ちゃん【ラ タイン通り】

Cimg0331 我が家の隣りのカフェ通りの道路はバイク置き場となり、熱き観戦状態。勝っても負けても「みんなで一緒に体験する」ちょっとうらやましい世界があった。

Cimg0329 コーヒーやジュース1杯で2時間粘った甲斐もなくマレーに3:0で敗戦。しかし「愛国心的結束」だけは残ったような気がする日本では体感できない不思議な世界だ。

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昨夜のパーティ

Cimg0293 開会を待つオーケストラのメンバー

「天皇陛下76歳のお祝い」スピーチは演壇の左右に英語とベトナム語で表示される

Cimg0295_2  ベトナムフィルによる「進軍歌」(ベトナム国歌)、続いて「君が代」の演奏でオープニング。坂場大使からこの1年の日本とベトナムの関係が報告された。皇太子のベトナム訪問をはじめとする日越の要人の往来、ODAのことなど。会場は約600人。

なんだか主催者には申し訳ないけど在留邦人にとっては普段会えない異業種交流ができることや、旧知のベトナム人から「出世」した名刺をもらうなどの交流も楽しい(ま、税金だから遠慮することもないか)。

Cimg0284 ←多分、この日の人気コーナーはここだったような? 始まる前から寿司の位置をチェック(その予想は的中し、大行列となっていた)【写真 ベトナム人の寿司職人】

Cimg0294 日経の岩本記者【左】に「先日の新幹線報道、ちょっとどう?」「いあや、その話は今度また」とかわされる。訪越中の山下洋輔さんと【右】

こういう集まりには絶対来ないのが「共同」と「赤旗」の歴代支局長。ベトナムにあってはベトナム的しなやかに「環境に適応」しながら(ダーウィン)無節操に生き抜くワタシ。

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ガンバレ胃袋

周囲が騒々しい季節となりました。ふだんはたいした行事もイベントもないハノイなのに、2009年も残り2週間ともなるとバタバタしますね。今週もまだ水曜日だというのに外食が多く胃袋がへとへと・・

明日17日(木)から、国際交流基金ハノイセンターでベトナムの漆絵画家Phi Phi Oanhさんの展覧会が始まります。16:30からは、同じく漆絵画家の安藤彩英子さんとのトークセッション。勤務先から歩いてゆけるので覗いてみようかなと。

同じく17日、20時半~「こちらはベトナムの声放送局」で始まるVOVラジオはBCLの日特集で日本のリスナーからの声が(6~7人)紹介されます。私も出るかも?

18-19日はハノイ・オペラ座で山下洋輔のJazzピアノコンサート。私は18日に行きつけの美容院のAさんや、自転車乗りのユミさんとめかし込んで行くつもり。19日は内輪の忘年会、20日は朝から写真倶楽部で郊外の村へ。夜は日本からの友人の訪越で、1杯・・・。ガンバレ胃袋restaurant

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気がつけば暴走族の真ん中

105 「サッカーの試合がある日は街に出てはいけない」というのはそれなりの意味がある。気がついたときはもう遅く、身動きがとれない状態だった。

101 ホアンキエム湖北側の東京(ドンキン)広場は映画「ドクトルジバゴ」のあるシーンを思わせるほどの赤旗ならぬ金星紅旗で沸きかえっていた。

映画と違うところは若者が夏服に笑顔。SEA:東南アジア競技大会のサッカーでラオスに1:4で勝ってこの騒ぎ。Images1895320_untitledaaaaaaaaa とにかくダイコービエット通りを走っているとき4車線道路の真ん中に国旗売りが5~6人いた。

だから国旗を買い求める人でまた渋滞。バーチウ通りもフエ通りもバイクの後ろに立って「ベトナム無敵!」と叫び国旗を振る。それに刺激されてまた国旗を買う。

誰も警察の制止なんてきかない上、ノーヘルで2人乗りは普通、3人乗り、4人乗りもいた。とにかく街中が暴走族になってしまい「気がつけば暴走族の中」、巻き込まれながらようやく帰宅した。

とにかく若者のエネルギーがあふれ吐き出すところがないのだ。日本の若者にもこんな元気があったらいのになあ。【写真 上、中VNエクスプレス】【下 Vietnam,net】写真はWクリックして拡大にして見てくださいeyeglass

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9年90歳ベトナム 5 還暦なんてヒヨっ子

9年前の今日だった。忘れもしない12月13日。羽田空港から台北に飛び一泊、よく14日、ベトナム航空でハノイに飛んだ。私がベトナムに来て9年目に母親を呼び寄せ、それからまた9年たったのだ。「苦節9年」なんてオーバーな言い方はしたくないけど「9年だぜ!」の心境だ。

81歳でやってきた母親もあと2ヶ月で卒寿(90歳)。その先にあるものは白寿(99)、茶寿(108)、皇寿(111)ですって。そんなことになったら私が古希とか米寿?!になりかねない。そう考えれば還暦なんてまだまだヒヨっ子だ。

いろんな人に励まされて歩いてきた。2年半前に出た本はすっかり一人立ちしていろんなころで紹介されている。こうした文に励まされるなんて考えてもみなかった。やはり本の影響はすごい。本を買ってくれた人、借りて読んだ人、立ち読みしてくれた人、みんなありがとうheart

以下、Chicry cafeさんの2009-5-26 より引用

著者が長年暮らすハノイに、81歳で認知症のお母上(Baちゃん)を呼び寄せ、共に暮らす日々が綴られている。

 以前、朝日新聞にこの著者の同じ内容のコラムが掲載されていて、興味深く読んだが、短くまとめてあったので、「Baちゃん」のキャラクターがいまひとつ伝わってこなかった。

 その点本書は、新潟弁の「Baちゃん」のセリフが満載で、そのひとつひとつにとぼけた味わいがあって、つい頬がゆるんでしまう。

 「こっちは雪が降らんでいいのお」

 「屋根の雪も心配しねで、ほっけんどこでゆっくり休ませてもらってそう」

 「ああ幸せだのぉ。雪掘りの心配もいらねえ。メシの支度もいらねえ。誰に気兼ねもいらねえ。こうして『食っちゃ寝の化けモン』してられるてだが、ほっけ神経が休まるこたぁねぇの。あんまり幸せで・・バチが当たりそうだて」

 豪雪地帯で暮らしてきた働き者の日本女性なのだなー、と感動的ですらある。

 そしてこの「Baちゃん」、ベトナム人とも日本語で渡り合って、仲良しになってしまうのだから頼もしい。

 実際には「Baちゃん」の2度の手術や失踪? 事件、著者の病気など、大小さまざまなハードルが立ちはだかるが、それらの多くは控えめに書かれている。

 また、お年寄りを尊敬しいたわる習慣のあるベトナム人からの手助けは、日本の都会では得られないレベルのものだと思った。

 個人的にもっともずっしりと来たのは、もの心ついた頃から自己主張をしてきた私たち世代の人は、戦前の人である「Baちゃん」のような謙虚なお年寄りになれるのだろうか、ということ。

 きっと無理だろうな。少なくとも、私にはできそうにない。


 *『越後のBaちゃんベトナムへ行く』 小松みゆき・著 2B企画
  2007年6月刊 B6判 272頁 1400円 (本体\1334)

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9年90歳ベトナム 4 認知症でありがとう

昨日も27度で暑い1日だった。VJCCで行われた「知ろうベトナム」研究会の後、日曜日の留学生の会で知り合った大学院生など3人が我が家にやってきた。Baちゃんは「コンチハ 雪ガ降ランデ イイドコダノオ」と彼らと普通に会話をしていた。一連の動作は誰が見ても普通の人だった。

私を含めてBaちゃんがいろんな人と交流できることは楽しいしありがたい。

2007年10月のブログ「とわんこそば」で見つけた文章↓うれしかった。素敵な先生、これを書いた学生さんも素敵だ。Baちゃんのオカゲでいろんな人といろんな出会いがあって嬉しい。9年めのベトナム「認知症でありがとう」の瞬間だdownwardleft

越後のBaちゃん、ベトナムへ行く

2007-10-06 01:36:00 | Weblog
「越後のBaちゃん、ベトナムへ行く」
という本。

大好きなアジアの授業で、先週先生が紹介していた本。
今週実物を持ってきてくれました。
越後(新潟)でひとり暮らしをしていたおばあちゃんが認知症になった。おばあちゃんの一人娘(著者)はベトナムで働いている。悩んだ結果、著者はおばあちゃんをベトナムに呼んで、一緒に暮らしはじめる…というお話。

その本を授業中に先生が学生にまわしてくれたので、私もぺらぺら読んでまわしました。

授業が終わってから、先生が私のところに来て、
「興味があったら、貸ししますよ」
と、その本を私に差し出してくれました☆

以前、先生に「アジアの福祉について興味がある」と、お話ししたことがありました。質問をすると、次の週に資料を持ってきてくれました。
タイに行く前に連絡をしたら、タイで注意すべき点などを教えてくれました。

学生の反応を待ったり、質問にていねいに(たまに適当に)答えています。
「職場の近くに来たらご飯でもごちそうします」と、なんだか気さくです。

今年からきた、週1回登場する先生。
この4年間で、最も出席率の多い1限の授業。

本、読みます。
ありがとうございます。

忘れたくない。

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