きょうやっと橋本治『巡礼』(2009年、新潮社)を読んだ。2010年春に買ったのに未読本の山に積まれたままになっていたのはどうしたことか。それより何故ハノイにいながらこの本を買う気になったのか。
男はなぜ、ゴミ屋敷の主になったのか?
戦後日本を、生真面目に、ただ黙々と生きていた男が最後にすがったのは「ゴミ」という名のなにものかだった。その孤独な魂を抱きとめる、恐るべき傑作小説
というこの本の間から、「ごみ屋敷」高齢女性の無事確認 静岡・三島市が調査(08年12月17日付朝日)という記事も出てきた。そう、私はずうっと「ごみ屋敷」に興味を持っていたらしい。この高齢者姉妹は最後は三島署や消防にも援助を要請するにいたり50人で立ち入りに臨んだという。
『巡礼』に出てくるのは男兄弟だった。本を読んでいくとなぜ男がごみと暮らすようになるかがわかる。ゴミといっても男にとっては「ゴミではない」のだ。でもそれが屋敷いっぱいになると近所迷惑になってゆく。。最終的に主人公の弟はゴミ処理に400万円払いきれいにした。
たぶん世の中には新聞に載ったり本になったりすることは稀であってもゴミ屋敷は日本のあちこちにあるんではないかと思う。というのは実は自分もその体験者だからわかる。何を隠そう私の母親もモノが捨てられない人でゴミ集積所からガラクタを拾ってきては家の押し入れから部屋に置き、いつのまにか四角い部屋が丸くなっていった。農機具をおく作業場までそんなふうになり家族のやっかいものになっていった。
ベトナムから帰ってする仕事はガラクタ捨てだった。ところが田舎なので私が夜捨てたガラクタを朝になると母親がまた拾ってきて家の裏に隠した。1~2日で帰ってしまう私がとてもかたずけられるものではない。でもひとつひとつはゴミではなくみな使える製品だったり旧式のおもちゃだったりした。こうもり傘なんて20本くらいあった。
家族はみんな困っていた。わたしも困った。でもどうしようもない。そのうちに認知症になり(もうなっていたのかもしれないが)、それでも収集作業は続いたと父がいう。父の死後、母をベトナムに連れてくることになり家は解体された(解体料&ごみ処理百数十万円)。その前に大勢の人の手をわずらわせてゴミの仕分けをした際に「あっちから1万円」、「こっちから3万円」と新聞紙やチリ紙包みから万札や小銭があらわれ20万円くらいになったと処理に参加した人から聞いた。
「小遣い銭や何かでもらったのをしまっておいて忘れたらしい」と。”断舎利」ばやりの昨今であるが、そう簡単にできるものではない。大量消費時代に育った私でも中々ゴミを捨てられない。もののない時代に育った母親はなおさらだ。一緒にすんでいれば上手に誘導できただろうに。。そんなことがあってこの本を読んでみようと思って買ったのに1年以上もたってしまった。その間に震災や原発問題が発生しアタマがそのモードになってしまいなかなか読めなかった。でも読んでよかった。最後にはなぜか哀しみの涙が。
生き方、生活の仕方という面から考えるなら、あんな大災害があったあとだからこそ暮らし方、人とのつながりを考える機会でもある。テト休暇に感謝。
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